りゅうADHD間違いないだろう・・・(><)

T&F(ふうちゃんママ)☆

2009年06月12日 09:19

 一昨日りゅうの発達障害診断のための病院へ行って来ました。東区の病院で精神科・神経科・児童精神科の診療を主とするいわゆる精神病院です。受付の問診でも聞かれましたが今迄私の親戚や知人で精神病にかかった人はいなかったので初めての病院の雰囲気にちょっとドキドキ☆
 車でちょっと酔ったりゅうは受付の前で座り込み、でもすぐにいつものように周辺をウロウロ・・・★車を停めたパパが来てやっと児童専用の待合室に座ってドラえもんの漫画を読み始めました。

 そして先生の診察・・・まずはりゅう本人だけへの問診です。
「ぼくは〇〇〇です。君の名前を教えてください。」⇒「〇〇〇りゅうたろう」
「ここはどこだかわかりますか?」⇒「びょういん」
「じゃあ病院って何するところかなあ?」⇒「ちゅうしゃ~」(りゅうのイメージは苦手なコレ(^-^;)
そして「ちゅうしゃするのいやだ~」と騒ぐりゅう★
「注射はしないよ。他に何をするところかなあ~?」⇒「う~ん、わからん」
「風邪とか引いて病院行ったらどんなことする?」⇒「う~ん、お薬もらったり、先生とお話したり?」
「そうだね~じゃあ君はどうして今日病院へ来たのかわかる?」⇒「ぼくがわるいことばかりするから?」(私達はりゅうにそんなふうに言った覚えはなかったけどそう思い込んでたりゅう(^-^;)
「悪い事ってどんなこと?」⇒「う~ん、友だちとけんかしたり?」
「そんなによくけんかするんだ?どんなふうにけんかするの?」・・・という感じでしばらく続きます。

 そして先生は「お母さんは君が怪我が多いって心配してるんだけど、どこを怪我したか先生に診せてくれるかな?」と身体検査・・・りゅうの手足の傷を丹念に診られて「ここはどうしたの?」⇒「この前転んだとこ」・・・「ここは?」⇒「綱引きで引きずられたとこ」・・・「たくさんあるね~じゃあここは?」⇒「う~ん忘れた」・・・よく転ぶりゅうはもう毎日のように怪我して帰って来るので、本人も私も何がどの怪我かもう覚えてないくらい、手足はたくさんの傷だらけなんです(><)
 それから先生が手や指先を動かすとおりにりゅうも真似をします。最初はぎこちなかったりゅうもちゃんと見てなんとか出来てた・・・。
 次にりゅうは別室で絵の吹き出しに自分が思った台詞を書く検査。その間先生は私達に色々質問をされました。途中で廊下を走ってくるりゅうの足音がパタパタ・・・「できた!」「どれどれ?まだここもあるよ。」「え~?」「がんばって」「は~い」たくさんあるので飽きっぽくすぐに投げ出すりゅうには出来るかなあと心配だったけど、次に戻って来た時にはちゃんと全部書けてたので感心(^-^;

 退屈したりゅうは「ぼくドラえもんがよみた~い」「いいよ~読んでおいで」と待合室へ戻って行き、また先生と私達のお話です。
 まずりゅうが答えた吹き出しの絵を見られた先生は「これは色んな困った場面での彼の気持ちの表れです。言い訳をしてごまかしたり自分で何とかしようという場面が多いですね~。」・・・確かに日常にもよく見られる場面かも?!
 そして私にはりゅうがちゃんと受け答えしてると思った先生との会話は「言葉が幼いですね~3年生にもなればもう接続詞を使った文章が話せます。自分の気持ちを表現するのも苦手のようですね。」・・・確かに説明や気持ちを伝えるのは上手く出来てない!
 それから手や指先を動かす検査でもちゃんと先生に付いていけてると思ったんだけど「指先を動かすのが上手く出来てなかったし、片手だけ動かしてるのにもう片手も一緒に動いてましたね。細かい作業は苦手じゃないですか?」・・・確かに細かいことは苦手ですぐに投げ出す!!

 そして先生は「まだ正式な検査はしてませんが、ADHDは間違いないでしょう・・・」と言われました。覚悟はしていたけど、初診段階でこんなに早く診断が下されるなんて思ってませんでした。きっとりゅうの場合はそれだけわかりやすくひどい症状だということなんでしょう。先生は受付でウロウロしてたりゅうの様子からちゃんと見られていました。今迄たくさんの患者さんを診てこられたベテランの先生のおっしゃる事に間違いはないと確信出来ます。
 先生はADHDの詳しい説明(ADHDの主な原因は脳の前頭葉の部分の機能障害)と今後の治療法(自閉症やうつ病等の二次症状を防ぐために薬物療法も必要)を説明されました。
 そして質問の中で私が脳の障害が生まれつきか遺伝もあるのかお尋ねしたら「それはまだ証明がされてないのでわかりません。」・・・赤ちゃん返りや反抗期との見際目をお尋ねしたら「確かにそれもあるかもしれませんが、反抗期は一時的で本人だけの問題です。人との関わりが上手く出来なくなるのがADHDの最も特徴的なことです。」
 パパが「治らないんですよね?」「まだ研究中の障害なので将来はわかりませんけど、今の段階では完全な治療法は開発されてません。ただ大人になってから気付くのと今から思春期等を迎える子供の早い段階で治療していくのでは随分違います。」
 でも一生抱えていかなきゃいけない障害です★これから先いったいいつまでかかるかわからない長期の治療も覚悟しなくてはいけません(><)

 ショックで診察室を出た後、職場に遅れると電話しようと携帯を取り出して目に入ったsamuraihairさんの暖かいコメント☆そうなんだよね~涙が出るほどとっても嬉しかったです(*^-^*)
 
 それから職場に電話をかけトイレに行って、ほんの数分間だったけど泣きました(><)親が子供を心配させてはいけないと思うから、りゅうの前では決して涙は見せられません。・・・こんなに泣いたのはいつ以来だったかなあ?父の癌を告知された時?いやりゅうが小さい頃辛かった時期に職場でキツイ事言われてトイレで泣いたことあったなあ?そうだ最近ではみいが生まれてすぐICUに入れられた時不安で泣いてたなあ・・・となぜか関係ない場面が色々思い起こされました。
 今更泣いて落ち込んだってどうにもならないし仕方がない、りゅうのためにも私がしっかりして前に進まなきゃいけない・・・ってわかっています。脳の障害で生まれつきかどうかも原因ははっきりしてないのだから、みんなが言ってくれるように私のせいでもないんだとは思う・・・でも私はやっぱり自分を責めてしまう・・・それは自分に思い当たる原因があるからなんです(><)
 
 ADHDに関して有名な先生の本によると、原因である脳の機能障害は胎児の時から生後1歳半位迄の間に起こると考えられ、保護者の養育態度や生活環境等が影響を与えると記されています。
 ちょうどりゅうが1歳半までの期間・・・具体的には言えないけど、私とりゅうはひどい生活をしてました★大げさかもしれませんが生きるか死ぬか(殺すか殺されるか)の瀬戸際まで立たされ、ただりゅうを守ろうと必死で逃げるような生活をしてたんです。土日も保育園に預けて働き尽くめで、まだ幼かったりゅうと遊んであげることすらろくにしてなかったんです。
 ・・・だからとてもそんな状況でまともな(普通の)子育てが出来ていたとは思えません。

 幸い私は親切な周りの人に恵まれ母や友人・職場の人・お隣のおばあちゃん・・・等たくさんの人に支えられ甘えてきて、・・・そしてりゅうが2歳になった頃パパと出逢いました。おかげで私はやっと普通の生活を取り戻して、りゅうは元気にスクスク成長して、もうすぐ9歳になります(^-^)v 

 病院の後、100円ラーメンでお昼を食べ、仕事へ戻り、帰宅したらみいが駆け寄ってきて「おかあしゃんおかえりい~きょうみいね~ながぐつはいておとうしゃんとほいくえんいったんだよ~あしたはおかあしゃんとリンリンでいきたいなあ~」といつもの変わらない笑顔に和まされました(*^-^*)
 失われた過去をどんなに悔やんでも仕方がない・・・子供達のためにも元気を出して頑張ります(^-^)vでも私はやっぱり弱い人間だから、またくじけそうになったらここで皆さんにお話して甘えますので、勝手だとか生意気だとかそんな事言わずにどんどん勝手な事を言って私に渇を入れてやってくださいね☆子育てはみんな大変です★勝手な私ですが、これからもヨロシクお願いします(^-^)/